明珠在掌

初薬師

平成6年に、新しい縁日を立ち上げました。

「初薬師縁日」です。

地元の商業青年経営者と組んで始めました。

 

始めるにあたって、総代さんと相談したところ、反対されました。そんな商業者から言われてやるのはいかがなものかと、言われました。

当時まだ副住職だった私は、訴えました。

「私がやりたいからやるんです。確かにきっかけは、商業者かもしれませんが、やりたいのです。薬師様は、8日が縁日なので、七草粥ならぬ薬師粥をやりましょう。甘酒や福引をやって、参拝者にふるまうのです。やらせてください。」

総代さんたちの反対を押し切って、始めました。

いまでは、すっかり定着し、総代世話人総出で、縁日が実施できています。徐々に参拝者も増え、毎年およそ1000人ほどの人出がありました。用意した薬師粥も午前中でなくなってしまいました。

お寺で人を集めることが難しくなっているという話をよく聞きますが、やはり縁日には力があります。

当日10年以上おつきあいのある経営コンサルタントが、遊びに来ました。本堂での御祈願に参加し、境内での振る舞いや福引き、出店の様子をつぶさに見て、言いました。

 

「お寺は宝物がいっぱいです。面白い!」

 

そうなんです。お寺は、宝物がいっぱいです。でも、その宝物に気づいていないのです。

 

既にある宝物を見つけることをしないで、外に答えを求めてしまいがちです。私もどうしても外に答えを求めてしまうことがあります。宝物は、すでにあるのです。

 

明珠在掌という言葉があります。禅の公案を集めた「碧巌録」という書物に出てきます。明珠とは、インドの理想の王と言われる転輪王が持っている透明な宝石のことです。明珠が放つ光は、明るく輝き、どこまでも遠くを照らします。

この明珠を誰もが持っています。でもなかなか探すことができません。それは、探す場所が違うからです。自分ですでに持っているのに、自分以外のことに目を向けてしまうので、探せません。探す場所が違います。

 

初薬師縁日は、新しい縁日ですが、実施するのに大きな負担はありません。夏に行っている「あめ薬師縁日」のノウハウをお正月に活かしただけですから。

 

少し視点を変えるだけで、お寺の宝物を見つけることができます。今までと同じ視点ばかりでは、価値を見いだせないのです。

自分の中にある宝物を見つけて、それを徹底的に磨けばいいのです。必ず光り出します。

 

大きな縁日を何度も行なうことは、流石に難しいので、1月と7月以外は、例祭として、ささやかな集いを実施しています。毎月8日です。「お話と祈りの集い」です。

毎月8日と決めてしまうと意識しやすいので、参拝者も定着してまいりました。毎月参加する人同士で仲良くなり、人と会うことも楽しみの一つになっています。一人暮らしのおばあさんは、毎月1回のこの例祭が楽しみで仕方ありません。

「普段は、ほとんど会話をすることもなく暮らしていますが、例祭に参加するとお友達もいるし、お寺のおばあちゃんと話もできます。主人が亡くなってほんと落ち込んでしまいましたが、例祭のおかげで何とか立ち直れました。」と言ってくれています。

こういった小さな積み重ねが、縁日の人手につながっていると感じています。檀信徒の新年祈願も今年は、本堂に入りきれないほどでした。座ることができないので、世話人さんには、立ってご参加いただきました。

お盆のお施餓鬼、春秋の彼岸会などお寺の行事に参加する人も少しずつ増えてます。檀信徒同士も仲よくなり絆が深くなっていると感じます。

お寺には、たくさんの宝物があります。その中でも最大の宝物は、人です。こうしてお集まりいただける檀信徒そのものが、宝物です。

住職一人では、何もできません。法があっても伝える人がなければ、伝わりません。檀信徒いう宝物をしっかりと大切にすることが、やはりお寺の経営では、とても重要な事なのです。

 

 

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