お寺とマーケティング

マーケティング・経営を学び、実践して

お寺とマーケティング、経営とは、ある意味かけ離れた所にあるものと考えられます。事実、私も学びに行くことについては、かなり抵抗がありました。しかし、そうは言っていられない事情があり、勇気を振り絞って飛び込みました。

マーケティングの塾に2年半ほど通いました。リサーチ、ポジショニング、コンセプト、ブランディング、プロモーションの設計、実践、そして、コピーライティング、スピーチ。一通り学び、実践しました。

組織に理念を浸透させるため、理念ムービーの研修に半年通いました。

理想の組織運営、人材育成、トップの資質向上の講座に行きました。

起業家養成講座にも参加しました。そこで、事業計画書の書き方、プレゼンテーションスキルを学び、実践しました。

大学や本山では、学ぶことが出来ない、中小企業経営の基礎を学んだのです。そして、それを幼稚園保育園にて実践してきました。

 

その結果、私は、変わりました。

 

今、毎日が緩やかに、充実しています。

 

経営ばかりしていて、お寺のお勤めは大丈夫なの?という心配する声が聞こえてきます。

実は、経営を学び、何を大切にすべきか分かったからこそ、お寺の日課の大切さが理解できました。

そして、複数の事業を運営しているからこそ、基本的なことをおろそかにしてはいけないと気づいたのです。

今毎日、4時に起き、坐禅。5時から朝のお勤め。諸堂を開け6時に鐘をつきます。6時過ぎ園の鍵を開け、犬の散歩。その後身を清め、朝食。8時前には、お寺の事務所に行きます。

そして、その日一日のスケジュールを確認します。行事だけでなく、原稿執筆の時間、考える時間、タスクを処理する時間を決めます。午前中は、クリエイティブなことに取り組み、昼食は、お粥と野菜中心の食事。午後は、事務仕事や打合せ。夕方5時30分から再びクリエイティブな時間を取ります。様々な課題に取り組み、情報収集と読書に充てます。夕食は、午後7時30分頃。午後9時頃入浴し午後9時30分から10時には就寝。という一日を過ごしています。

この一日が、今、とてもありがたく感じるのです。一つ一つの行に礼拝して偈(げ)を唱えていた大本山の生活の意味がよく分かるのです。

今日という一日を、どんな思いで過ごして行けばいいのかが、大本山で過ごした日々を重なり合い、深く気づきました。それは、マーケティング、経営を学び、実戦した経験と僧として身につけてきていたことが、私の中で組み合わさったからこそ気づけたのだと感じています。

私は、マーケティング、経営を学んだことで、本当にたくさんのことに気づきました。

目標、ビジョン、夢が明確になりました。

自分が、いつ何にどの順で取り組めばいいのかはっきりしました。

複数の事業の歯車がかみ合い、全体が動き始めました。

肩書きや職業が、関係なくなりました。人脈が広がり、変わりました。仲間が増えました。知名度も上がり、メディアに掲載されるようにもなりました。

今、毎日の生活、洗面、食事、就寝など全てが、ビジョン、目標に向かって、一直線になっていることを自覚することができます。

時間の使い方が変わりました。先を見通せるようになったのです。

複数のプロジェクトを同事に進めることができるようになりました。

飲酒の習慣がなくなり、テレビを見なくなりました。

計画的になり、仕事が早くなったのです。

家族が仲良くなりました。スタッフとの関係も強固になりました。

イライラしなくなりました。愚痴を言わなくなりました。怒らなくなりました。欲しい物が、少なくなってきました。

行動が変わり、言葉が変わり、考え方が変わったのです。

 

夢や目標、ビジョンを意識しつつも、ただひたすらに目の前の行持を積み重ねていくと言うことに、言いようのない充実感を味わっています。焦ることなく、ただ、目の前にあることに全力で向き合うことができるのです。

全ての事柄に無駄なことは何もないのです。失敗もまた、必要な事なのです。全てが、学びであり、気づきであり、感動感謝しかありません。

理想の一日を考えた時、気づきました。自分自身を掘り下げ、さらに、日常の行動も勤めながら、目標、夢に向かっていく生き方に最もふさわしいのが、本山での時間の過ごし方なのだと。その気づきから、今は、ほぼ本山修行時代の時間帯で毎日過ごしています。

組織を経営するトップとして、やはりその人そのものの人間力を高めていく必要があります。結局は、矢印を自分自身に向けることが大事なのです。己事究明は、仏教だけでなく、経営をする上でも大切です。

 

マーケティングを学び、経営を学び、起業家育成も学びました。さらに実践し、たくさんの人とお逢いして気づきました。数多くの失敗をしました。失敗と言えることの方が、多いでしょう。それらの経験から得たものは、計り知れません。自分自身の奥底に宝物として輝いています。

そして、業種業態に関係なく、あり方は、変わらないということです。業種業態に応じて、やり方が変わるだけです。

お寺であっても、学園であっても、会社であっても、どんなものであっても、本質的なことは、何も変わらないのです。

相手は、人です。目の前にいる人の悩みにどれだけ答えることができるのか、に尽きるのです。それは、ビジネスも寺院運営も全く変わりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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