お寺の魅力を際立たせる

ご住職のお寺は、一言で言うとどんなお寺ですか?

 

お寺の魅力を際立たせるという事は、この一言を導き出すことです。

一言で、お寺の魅力を言い合わすことができるようになれば、事業は、とてもスムーズに進むことが出来ます。これをコンセプトと言います。

 

私が住職をさせていただいている秩父慈眼寺は、観音様と薬師様をお祀りしています。他にも仏様をお祀りしていますが、信仰を集めているのは、観音様と薬師様です。

薬師様は、「あめ薬師」という名で親しまれています。江戸時代から目に悩みを持つ方がお参りにみえていました。火災等で途絶えていた縁日を先々代が、大正時代に復活させました。それをお檀家さんや地域の人ともり立て、継続してきました。今では、夏の縁日には、一日で1万人を越す方の参拝があります。観音巡礼に来る方も「眼を慈しむ寺。慈眼寺だから“め”のお寺なんですね?」と言ってくださいます。“め”のお寺として多くの方に知られるようになりました。

一言で言うとどんなお寺なのか?というのは、住職がこうだと言っているのではなく、地域の人や参拝者に認知されていることを指します。ご自分だけ「うちの寺は、〇〇だ」と言っていても、他の人が知らないのでは、意味がありません。

秩父慈眼寺も、“め”のお寺と言うようになったのは、ここ15年ほどです。それまでは、“め”を際立たせていたわけではありません。

“め”に絞るようになると、境内整備や御守り、授与品もどうすべきか決まってきます。

20年ほど前、元営林署の職員が、一本の原木を持ってきてくれました。

「住職。山に入ったら“メグスリノキ”の原木があったので、持ってきました。ここは、“め”のお寺だから、境内に植えるといいかな?と思って。」

「“メグスリノキ”なんてあるんですか?」

“め”のお寺として認知されていたからこそ、メグスリノキと出会うことが出来たのです。

境内に植えられた一本のメグスリノキは、小指ほどの大きさの原木でした。今では、三十㎝ほどの幹に育っています。一本だった木も三十本ほどになりました。秋になると境内は、メグスリノキの紅で染まるようにまでになりました。

メグスリノキは、戦国時代から目の悩みを持つ人びとに、民間療法として重宝されていたのです。現在でも目の病に処方する漢方医さんもいます。

メグスリノキとの出会いにより、“め”のお寺として様々ことが加速していきます。

元々夏の縁日では、縁起物として「ぶっかき飴」が露天商により売られていました。縁日当日だけの授与品でした。参拝者が、縁日以外の日でも「飴ありますか?」と尋ねるようになりました。そこで、年間を通じて授与できる「薬師飴」が生まれました。

「薬師飴」は、“め”にこだわった素材で作りました。メグスリノキのパウダーと水飴だけで作られています。この「薬師飴」は、慈眼寺の名物となりました。総開帳の年で例年より参拝者が多い年ですと年間10,000個以上販売しています。

メグスリノキは、昔山で仕事をしている人たちは、煎じて目を洗い、また飲んでいました。そのことを知ったので、参拝土産や祈願の供物として「メグスリノキのお茶」を作りました。「眼茶」という名前で商標も取っています。観音巡礼に来た方に振る舞っています。このお茶も少しずつですが、認知され、繰り返し求める方が多くなってきています。

飴やお茶の他にも授与品を企画しています。それらは、基本的に“め”に絞っています。すべての授与品の認知度が高くなっているのではありませんが、裾野が広がっています。

縁日もかつては、夏7月だけでした。メグスリノキと出会った平成6年から正月の縁日も始めました。今では、夏のあめ薬師、正月の初薬師として、多くの参拝者で賑わうようになっています。

授与品や祈願、縁日をきっかけにして、信者さんとのご縁が広がっていきます。毎月8日に例祭を始めました。観音巡礼にもご参加いただくようになっています。

こうした中から、檀家さんになった方、永代供養墓を求めた方もいらっしゃいます。

秩父慈眼寺は、“め”のお寺というコンセプトが際立つことで、裾野が広がりました。

 

まだまだやらなければならないことは、たくさんです。到らない事だらけですが、今回事例として紹介させていただきました。

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