今だから、寺院10年ビジョンを立てる

 太平洋戦争七十年目の真実

過去の価値観がまったく通用しなくなってしまうほどの大変革は、七十年の周期で訪れるとある方の対談CDを聞きました。七十年周期で、価値観の大転換が起きるという説が語られていました。

1875年の前後に、明治維新がありました。そこから70年経つと1945年。すなわち終戦です。

明治維新と終戦は、人々の考え方、価値観、生活様式から社会構造、政治体制まで大きな転換を果たした歴史的な出来事です。

そして、これは日本だけの事ではありません。世界的な規模で起こった事です。

幕末の混乱期を見てみると

一八六〇 桜田門外の変  リンカーン大統領就任

一八六一 アメリカ南北戦争勃発 イタリア統一戦争勃発

一八六二 坂下門外の変 生麦事件 寺田屋事件 リンカーン奴隷解放

一八六三 リンカーン有名な演説

一八六四 ドイツ統一戦争  中国 太平天国の乱

一八六五 南北戦争終局

一八六六 薩長同盟

一八六七 大政奉還 龍馬暗殺  明治天皇即位

一八六八 戊辰戦争 明治改元

明治維新を果たしたころ、アメリカをはじめ、諸国でも大きな転換期を迎えていました。日本では、武家社会から近代国家へ大きく生まれ変わったのです。

およそ七〇年後の昭和も同様です。体験している方もいらっしゃるので多くは語りませんが、日本だけでなく、多くの国も、戦後の体制に歴史的大転換しました。

昨日まで当たり前だと思っていた事が、全く通用しなくなるのです。

侍が偉いという価値観が、崩れ去ったのです。鬼畜米英と言っていたのが、アメリカに学び民主主義を!となったのです。

まさしく一八〇度の価値転換です。

お寺もその影響を受けないはずはありません。

江戸時代の寺院は、寺院諸法度により幕府の統制下にありました。宗派ごとに決まりを作り、本末関係により、全国に散らばる沢山の寺院を統制したのです。人々には、寺請制度によりすべての人をどこかの寺院に属させる仕組みとしました。お寺に役所機能の一部を担わせたのです。元々武家の一部の人だけのものだった檀家を全国に広め、檀家制度を確立させたのです。

お寺は土地を所有していたので、檀家や近くの人に土地を貸し、収穫されたお米や野菜を納めてもらう事で寺院を維持していました。

ところが、明治維新で大きく変わったのです。

まずは、神仏分離令です。日本人は、神も仏も共に受け入れ、神仏習合でどちらも自然に信仰していました。

神社境内には、神宮寺があり、寺の中には社があったのです。ご本尊に神も祀り、仏も祀っていたのです。儀礼も一緒に行う事もありました。

明治政府になり、神仏分離令が交付されたため、神社と寺院、神と仏、神官と僧は分離させられました。

それに加えて、廃仏毀釈運動が起こりました。多くの寺院や仏像が破壊されました。四国の金比羅神社は、神仏が共に祀られていましたが、維新後国宝級の仏像がすべて壊されてしまった話は有名です。

それまで、お寺でお経を唱えていた僧が、大挙、神官になったという話もあります。

奈良の興福寺もそうでした。僧は皆、春日大社の神官になってしまったのです。寺が維持できなくなり売りに出されそうになったところ、フェノロサと岡倉天心の尽力で止まったそうです。

もう一つの転換は、明治五年に公布された太政官令です。

「僧侶肉食妻帯蓄髪並ニ法用ノ外ハ一般ノ服着用随意タラシム」

これにより、僧侶は、肉食し結婚して良い事になったのです。

これは、僧にとって大転換でした。

日頃みなさんとお話して感じている事ですが、お寺の住職は、代々○○家だと思っている方が多いことに驚かされます。

江戸時代まで、浄土真宗を除いて、僧は結婚していません。ですから世襲はありません。

私は、慈眼寺二〇世ですが、ほとんどの方が、柴原家が二〇代続いているように考えているのです。

明治以前に僧は、結婚していないのですから、お寺で子どもが産まれる事はありません。そもそも江戸時代には、一般庶民には姓がないのです。僧も同じです。お寺の住職の家が、江戸時代から続いていることはありません。

肉食妻帯も僧にとって、また人々にとっても大きな価値観の転換です。寺の僧が、結婚し子をもうけるという大変革は、明治維新によって起こったのです。

因みに、慈眼寺で初めて生まれた子は、私の父です。

終戦がもたらしたお寺の大転換は、どうでしょう。

もっとも大きく影響したのは、農地改革です。お寺には、たくさんの土地がありました。それを小作として貸していたのです。農地改革で、実際に耕していた人の土地になりました。

これが、どれほど大きな影響を及ぼすのか、想像していただけますか?通常の会社で言うと、売上のほとんどを占めていた商品が、突然なくなってしまったということです。

戦後、お坊さんが、公務員、教員等をしていたことを覚えていらっしゃる方もいるでしょう。僧だけだったら、行雲流水で修行していけばいいでしょう。しかしながら、結婚し家族をもつようになっています。家族を養う事が必要になったのです。

江戸時代までの僧が見たら、目が飛び出るほど驚くでしょうね。「何!坊さんが、寺を出て働いている?しかも結婚して子どももいる?!えー?!」

こんな声が聞こえてきそうです。

寺を維持する基盤を失いました。そして、日本は、資本主義社会のジェットコースターに乗りました。寺院も、そのレールから外れる事は出来ません。良いとか悪いとか、正しいとか間違っていたとか言う事ではありません。

戦後、寺院も経済活動のまっただ中に置かれていたという事も事実なのです。

 

終戦から70年は、2015年です。つまり、今が時代の大転換期ということになります。古い価値観と新しい価値観との間で、せめぎ合う時期です。

過去の事例で見るとその処理を戦争で解決しました。解決という言葉は適切ではないかもしれませんが、時代は、戦争を選択しました。そして、たくさんの命を犠牲にしました。

しかし、今は誰も戦争を望んでいません。新しい価値観への転換に人類は、同じ過ちを犯してはなりません。

今、30年後まで見渡したとき、人口減少と少子高齢化社会が訪れる事は、避けて通れない大きな流れです。国が政策で流れを止めようとしても無理です。一人世帯、二人世帯は、今後ますます増えます。

この社会の変化と時代の流れを見据えて、今こそ、お寺が、10年後のビジョンを立てる事の重要性を強く感じています。世界や国という大きな単位ではなく、小さなつながりである地域コミュニティの核が、お寺であり、地域に必要な存在だからです。

お寺には、人と人をつなぐ大切な役目があります。これからもこの力を発揮し続けなければなりません。

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